大阪地方裁判所 昭和62年(わ)4024号 判決 1988年7月21日
主文
被告人を懲役一〇月に処する。
未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、寝具布団等の製造卸売業を営む東京中央区日本橋富沢町八番八号西川産業株式会社(代表取締役西川五郎)が、被告人の亡父(昭和六二年四月九日死亡)において考案し意匠登録を受けた布団の形状と同一あるいは類似する形状の布団を製造販売しているとして同会社に対する恨みを募らせていたが、亡父が同会社を相手に提起した右意匠権侵害等に基づく損害賠償請求の訴が第一審裁判所で請求を棄却され、控訴したものの敗色が濃厚であると思い込んだことなどから、その意趣を晴らすため、各地の百貨店ないしスーパーマーケットに販売のため陳列されている同会社製品の布団等に縫針を刺入することによって、同会社の企業名を損なわせるとともに、その製品に対する信用を失墜させて業績を低下させようと企て、かつ、同行為によって右各百貨店ないしスーパーマーケットの販売業務を阻害することもやむなしと決意し、あらかじめ多数の縫針を用意した上、昭和六二年五月一四日ころ、東京都千代田区丸の内一丁目九番一号株式会社大丸東京店(店長山本良彦)の五階べビー用品売場及び七階寝具売場において、前記西川産業株式会社の製品である組布団等九点の寝具に縫針合計一四本をひそかに刺し込んだほか、別紙一覧表記載のとおり、同日ころから同年七月九日ころまでの間、一五回にわたり、同都中央区日本橋二丁目四番一号株式会社高島屋東京店(店長岡本美彦)等一五店の各百貨店ないしスーパーマーケットの寝具売場等において、それぞれ前記西川産業株式会社の製品である羽毛布団等合計二七一点の寝具に縫針合計四五五本をそれぞれ前同様に刺し込み、もって、それぞれ、その都度、偽計を用いて、前記西川産業株式会社及び株式会社大丸等各百貨店ないしスーパーマーケットの各業務を妨害したものである。
(証拠の標目)《一部省略》
なお、検察官は、判示別紙一覧表番号13について、被告人が西川産業株式会社製品の寝具に刺し込んだ縫針の数は一四本である旨主張しているが、関係証拠によれば一二本であることが認められる(西川産業株式会社製品以外の寝具に二本刺し込まれている。)。
(法令の適用)
一 罰条
判示各所為中、判示本文の株式会社大丸東京店及び判示別紙一覧表番号1ないし15の各百貨店ないしスーパーマーケットで西川産業株式会社の業務をそれぞれ妨害した点はいずれも刑法二三三条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示本文の株式会社大丸東京店及び判示別紙一覧表番号1ないし15の各百貨店ないしスーパーマーケットの業務をそれぞれ妨害した点はいずれも刑法二三三条、罰金等臨時措置法三条一項一号
一 観念的競合
判示本文の西川産業株式会社の業務を妨害した罪と株式会社大丸東京店の業務を妨害した罪並びに判示別紙一覧表の各番号ごとの西川産業株式会社の業務を妨害した罪と各百貨店ないしスーパーマーケットの業務を妨害した罪はそれぞれ一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条によりいずれも一罪として重い西川産業株式会社の業務を妨害した罪の刑で各処断
一 刑種の選択
いずれも懲役刑を選択
一 併合罪加重
刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示別紙一覧表番号15の罪の刑に加重)
一 未決勾留日数の算入
刑法二一条
一 訴訟費用の負担
刑事訴訟法一八一条一項本文
(量刑の理由)
被告人の本件各犯行は、検察官・弁護人らいずれもが指摘するように、西川産業株式会社に意匠権を侵害されたとして失意のうちにこの世を去った父の心中を思う余りに出たものであり、また右意匠権の侵害をめぐる紛争の発端が西川産業株式会社の不親切と思われる対応にあると思われること等被告人の本件犯行動機には多分に同情すべき点がある(なお、意匠権侵害問題については、刑事裁判では、被告人において、主観的に、西川産業株式会社が被告人の亡父の意匠権を侵害していると考え、かつそう考えることにつき相当な理由があったかどうかの点を問題にすれば足りるところ、被告人の亡父が意匠登録を受けた布団と西川産業株式会社の製品である布団との形状の類似性等から、右の点が肯定され、このことも被告人に有利な事情となる。)。
しかしながら、いかに被告人の本件犯行動機に同情すべき点があるとはいえ、本件犯行は約二か月間にわたり一六か所の百貨店ないしスーパーマーケットで二八〇点の寝具に合計四六九本の縫針を挿入したというものであって、社会的に多大な不安を与えたことは看過し得ないところであるうえ、右意匠権の侵害問題とは無関係な人々をも巻き込み、かつこれらの人々を利用する形で敢行された本件の悪質な犯行態様、更に本件による財産的損害も相当な額に昇っていると窺われること等からすると、被告人の責任は重いものがあり、実刑は免れない。
以上に述べた諸事情に加え、被告人が当公判廷において二度と本件同様の犯行に出ない旨述べていること、被告人に前科、前歴のないこと等諸般の事情の総合考慮して、主文のとおり量刑した。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 松本信弘)
<以下省略>